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二次裏ゲーム配信の歴史
2019-01-03-Thu  CATEGORY: ゲームとオタク文化
平成のネット史という番組を見て「自分の知っている分野の事を文字に残しておかないといけないなあ」と思ったので2006年頃からのゲーム配信の歴史について簡単にまとめておく事にする。

自分が二次裏出身なので特に二次裏での話がメインになる。周辺の事情として

・PeerCast
・なんでも実況
・ニコニコ生放送
・YouTube Live
・Twitch

についても多少触れる。

まず簡単に年表をまとめておく。自分の知っているのが2006年からなのでそのあたりから。
多分2006年~2018年という範囲で二次裏のゲーム配信の流れを把握している人は少ないと思うのでそのあたりの資料になるだろうと思う。
(日付はあやふやなものも多いので大体で捉えてほしい)


***************************************************************


2003年5月
Windows Media Encoderがリリースされる

2003年11月
ゲームセンターCX放送開始

2005年頃
PeerCastを用いてなんでも実況板等でゲーム配信が始まる

2006年夏以前
mayで配信が始まる(mayではラジオが主流だったとの事?)

2006年夏頃?
junでWMEでのゲーム配信が始まる(当時のjunはレス保存数が十分あった)

2006年秋頃
junのゲーム配信が盛んになる

2006年12月
Wii版バーチャルコンソールサービス開始
Skype 3.0がリリースされる

2006年12月
ゲーム配信のせいで鯖が重くなっているという意見が強まる
配信が自主規制され議論スレが連日立つ

2006年12月下旬
ゲーム配信の避難所として個人鯖が立つ

2007年1月以降
避難所に多くの配信者が移りjunには少数の配信者が残るのみとなる
避難所ではテキスト配信からマイク配信に主流が移り大いに盛り上がる
避難所では次第に独自の文化が形成されていく
mayやimgでもゲーム配信が行われ始める

2007年3月
ニコニコ動画に初のゲーム実況動画が投稿される

2008年頃
P2Pソフトの影響で一部のISPで上り回線速度規制が行われ始める
これにより鏡が出されにくくなるもののこの頃はある程度支援が受けられた
ニコニコ動画でゲーム実況動画が流行る

2008年12月
ニコニコ生放送(ユーザー生放送)が始まる
ニコ生に移住する配信者も現れる

2009年頃
視聴者が配信に慣れ始め少しずつレスが減り始める
スレ文の冒頭に「配信」と付ける事が慣習化される

2009年6月
Skype 4.1がリリースされる。画面共有機能が実装される。

2010年頃
一部配信者の間でKoToEncoderが使われ始める
一部配信者の間で棒読みちゃんが使われ始める

2011年春頃
二次裏にて一個人による大規模な回線提供が始まる
以後鏡支援出来る人がどんどん減少していく

2011年4月
YouTube Liveが始まる

2011年6月
Twitchが始まる

2012年9月
OBSがリリースされる

2013年4月
Wii U版バーチャルコンソールサービス開始

2013年頃?
一個人による大規模な回線提供が終わる
鏡支援出来る人はいなくなっており人が集まっても席が確保出来なくなる


2014年頃?
mayで模型配信が流行る(当時ストリーミングでは一番との話?)
配信雑談スレで模型配信の話題が多数を占める
模型配信と一部の配信以外ではスレが伸びなくなる

2014年2月
PS4が発売されシェア機能で誰でも手軽にゲーム配信が出来るようになる

2014年4月
WindowsXPのサポートが終了
WME、KTEでの配信はWin7でしか出来なくなる

2015年頃?
mayの配信の主流がYouTube Liveなどに移行していく
これにより席の確保の問題はなくなるものの既に過疎状態
スプラトゥーンなど個別のスレで独自に配信が行われる様になる

2015年7月
Windows10リリース
Win7から乗り換えた配信者がWMEやKTEが動かず配信できないといった事が起こる

2015年10月
レトロフリーク発売
レトロゲーム配信でエミュではないかというレスが無くなる

2016年頃
mayではこの頃には多くの配信でレスがほとんどつかなくなる

2016年11月
ニコニコ生放送の放送時間延長が無料になる

2016年12月
RTA in Japanが開催されTwtichで配信される

2017年9月頃
imgでTwitchによるダクソ3、Bloodbone配信が流行る

2018年9月
ファミリーコンピュータ Nintendo Switch Onlineサービス開始

2018年秋以降
mayでFF15の配信が流行り2000レスを頻繁に叩き出す



***************************************************************



以下に多少解説を付けていく。







2003年5月
Windows Media Encoderがリリースされる

2003年11月
ゲームセンターCX放送開始

2005年頃
PeerCastを用いてなんでも実況板等でゲーム配信が始まる

2006年夏以前
mayで配信が始まる(mayではラジオが主流だったとの事?)

2006年夏頃?
junでWMEでのゲーム配信が始まる(当時のjunはレス保存数が十分あった)

2006年秋頃
junのゲーム配信が盛んになる



WMEが公開されたのは2003年5月で、最初期のエンコーダーはWMEのみであった。

2006年当時の二次裏のサーバーの様子は2019年現在とは異なっており、この頃のjun鯖はサーバーが出来たばかりで活気があった。

二次裏においては、まずmayで、主にラジオ配信が行われていたという話を聞いている。これは主にPCスペックの問題と回線速度の問題だろうと思われる。
当時の一般的なPCスペックについて書くと、2006年7月にCore2シリーズが出たばかりで当時のバリューゾーンのPCはPentium4 2~3GHz程度が当たり前だった。このあたりのスペックのPCで動画のエンコードをしようと思うと解像度640x480くらいでは5fps程度しか出ず、もっと解像度を落としたりその他の工夫が必要だった。
このあたりの詳しい話は実況関係のノウハウまとめも参考。

2006年当時は光回線はまださほど普及しておらずADSLを利用する人が多かった。また、500kbpsほどの下り速度が出ない人もそれなりにおり、これに配慮しながら配信する必要があった。
音声のみの配信であればエンコードも軽く、速度も下りで32~64kbpsも出れば十分である。

ゲーム配信をしようと思うと当時のハイスペックマシン(か相応の知識)と高速回線の両方を持ち、かつポートが開放出来る環境の人のみ可能だった。
この頃は動画を個人が配信出来るという事を知る人自体が少なく物珍しがられた。

YouTube LiveやTwitchが普及した今となっては知らない人も多いが、WMEでの配信では個人の回線を視聴者に提供しなければ見れない為に配信者一人では400kbps程のビットレートを設定すると2人~30人分がせいぜいで、数百人という視聴者が席を奪い合う状況だった。
そのために作られたのがkagami.exe(開発したのはなんでも実況のコミュニティの人だろうか?)というソフトで、光回線などの高速回線を持つ第三者がポート開放されているPCからWMEからの配信をミラーしてより多くの視聴者に配信する事が出来た(通称鏡さん)
個人の回線を他人から提供してもらって見せてもらっているというシステムを理解していない人もおり、しばしば雰囲気が悪くなる原因にもなった。

この時期以前の配信リレーを行う為のソフトであるPeerCastは視聴者全員がリレーする方式であり、ポート開放が出来ていない事を示すポート0の人はキックされて視聴すら出来ないのが当たり前だった。
ポートの開放は初期の配信とは切っても切れない関係で、ポート開放が行えなければ実質的に配信を行う事も、鏡支援をする事も不可能だった。技術的にもそれなりに難易度が高い為に足切り的に機能し、小中学生が配信する様な事はニコニコ生放送が始まるまで無かった。
ポート開放が出来ない環境からの配信は、kagami.exeにpush配信機能が実装されてからになる。

また、WMEを使った配信では共通の事だが、エンコードにかかる時間に加え、映像をリレーしていく為に配信者のプレイが視聴者に届くまでにおよそ20秒~1分ほどラグがあった。
PeerCastでは配信者からのストリーム映像が何人もの視聴者を経由してリレーされていく為に配信の映像が視聴者に届くまでのラグがより大きかった。その為よりラグの少ない配信者に近い位置(通称「上流」)に接続されるまで再接続を繰り返すといった事もままあった様だ。

配信者目線では何かのハプニングが起きた時、それに対してのリアクションが書き込まれるのに一分ほどかかるのでその間をどう保たせるかに気を遣った。
この問題は後々レスがつかなくなる時期に深刻化する。


ざっくり日本のストリーミング配信史
https://anond.hatelabo.jp/20151011183305

PeerCast系、なんでも実況系の配信の歴史についてはこちらを参考にさせて頂きました。







2006年12月
Wii版バーチャルコンソールサービス開始
Skype 3.0がリリースされる

2006年12月
ゲーム配信のせいで鯖が重くなっているという意見が強まる
配信が自主規制され議論スレが連日立つ

2006年12月下旬
ゲーム配信の避難所として個人鯖が立つ

2007年1月以降
避難所に多くの配信者が移りjunには少数の配信者が残るのみとなる
避難所ではテキスト配信からマイク配信に主流が移り大いに盛り上がる
避難所では次第に独自の文化が形成されていく
mayやimgでもゲーム配信が行われ始める



一連の流れはjun鯖での話になる。
当時サーバーが重くなる事がよくあったがその原因として夜の時間に複数ある配信スレがどれも数百レスを超えて伸びる為に目立ち、重くなる原因として叩かれ始める。また当時はスレ文の始めに「配信」と付ける習慣がなく、配信に興味のない人がレス数が多いので開いてみたら配信スレだったという事がよくあった為により反感を買ったのだろうとも言われる。
このあたりの事情もあり、おおよそ2009年前後からカタログで配信スレとわかるようにスレ文の頭に「配信」と付ける事が慣習化される事となる。

12月に入ると配信に対する叩きが激化し配信議論スレと銘打った配信叩きスレが常時立つようになる。この影響を受けて配信を自粛する配信者が多く見られるようになった。
なぜそこまで配信が叩かれたのかを理解する為には二次裏では個人が目立つ事を忌避する特殊性があった事について述べる必要があるだろう。おおよそ2009年頃にはこの風潮は無くなっていたが、2006年当時は「二次裏にいる人は皆としあきである」という概念が強くあり、特定の個人が目立つ行動をした場合「クソコテ」と呼び叩くという事が行われていた。
そのために特定の個人がゲーム配信をしてもてはやされているという状況に一部の住民が反発したのである。
(私見だが二次裏系の画像掲示板は当時としては配信にかなり向いた仕様だったと思う。しかしながら文化が配信の発展をかなり阻害していた様に思う)

その流れの中、ある個人が配信の為の二次裏派生の避難所として個人サーバーを立てた。以後二次裏系の配信者と支援者視聴者の多くがここへ移住していく。

当時の二次裏系のゲーム配信はマイクを使ったものは無く、配信者が何かを伝えたい時はその都度テキストを開いてタイピングしていた。これは自分の声を配信に載せるのはせっかくのゲームBGMを邪魔する事になってしまう為によくないだろうと思われていた事に加え、前述の個性の主張に対して厳しい風潮が大きかった。また、マイクを使った配信は技術的な難易度が高く手を出せない人が多かった事も大きい。
当時マイクを使った配信自体はあったものの、それはラジオ配信としてトークをメインに据えたもので、これは全体としてはごく少数だった。

そんな中、2006年3月頃避難所でskypeを用いたトーク配信が行われた。
これまで配信者同士が交流する事はほぼ無く、通話する手段はおろか連絡を取る手段も一部個人のサイトの掲示板のみだったのだが、二次裏系としては初めて配信者同士の通話が配信された。この影響で各配信者はマイク配信環境を整え始め、ゲーム配信でもマイクが使われ始める様になった。
ただし、一部にゲーム配信には配信者の声はいらないという声が根強くあり、テキスト配信は存続し続けた。

当時のskypeは通話者の声以外を消す技術がまだ実装されておらず、発話した時に自分の声が相手から返ってくる現象(トークバック)がしばしば見られ、使用しているPCによっては改善不可能な場合もあった。しかもトークバック現象は原因となっている側からは観測する事が出来なかった為に気付いて直す事が難しかった。
これら通話上の問題に対応する為にskype通話配信を行う場合はBGMをオフにするなどの対策がとられた。
この技術上の問題はSkype 4.1がリリースされる2009年頃まで続く。

他の配信コミュニティと同じくマイク配信によって配信者のキャラ付けは強まり、タレント化が進んだ。
また、避難所自体が個人の立てたサーバーであり開かれた場所ではなかった事も手伝って独自の文化が形作られていく事となる。

詳細は知らないものの、mayやimgにおいてもこの時期に前後してゲーム配信が行われ始め、以後長く行われていた様である。







2007年3月
ニコニコ動画に初のゲーム実況動画が投稿される

2008年頃
P2Pソフトの影響で一部のISPで上り回線速度規制が行われ始める
これにより鏡が出されにくくなるもののこの頃はある程度支援が受けられた

2008年12月
ニコニコ生放送(ユーザー生放送)が始まる
ニコ生に移住する配信者も現れる

2009年頃
視聴者が配信に慣れ始め少しずつレスが減り始める
スレ文の冒頭に「配信」と付ける事が慣習化される

2009年6月
Skype 4.1がリリースされる。画面共有機能が実装される。

2010年頃
一部配信者の間でKoToEncoderが使われ始める
一部配信者の間で棒読みちゃんが使われ始める




2006年12月に始まったニコニコ動画から2年後の2008年12月末からニコニコ生放送のユーザー生放送が始まる。
しかし、当時二次裏系コミュニティからはニコニコ系コミュニティは2chと同じ扱いをされており話題に出すことすらはばかられる状況だった。その為、始まった当時はニコ生との相互の影響は薄く、二次裏系のゲーム配信は見るがニコニコはそもそも登録すらしていないという人もざらだった。

その為表立ってニコニコでどうという情報交換は行われなかったが、実際にはニコニコへの移住者もいただろうと思われる。逆は数が相当少なかっただろうと思われるが。
二次裏系では反応が悪いがニコニコではヒットするという例もあった模様。

WME系の配信では配信に対してリアクションが得られるまで30秒~1分程度時間がかかったが、ニコ生の場合はラグがほとんど無く数秒~10秒程度でリアクションが得られた。
これは個人の配信においては画期的だったのだが、ニコ生で初めてストリーミング配信を見る、行うという人も多かった為あまり知られていなかった様だ。
それ以上に30分制限、枠の確保が難しいなどの問題から不満が噴出していた模様。

この時期は二次裏系配信の主流は二次裏派生の個人サーバーと、mayにあった。個人サーバーの存在を知らない層とその独特の雰囲気になじめない層がmay(もしくはimg)にいた。
2008年頃には個人サーバーではおおよそゲーム配信はやり尽くされておりレスが減少していた。一方mayにはまだ勢いがあったものの、次第にこちらでもレスが減少していく。
これはすべてのゲーム配信コミュニティに共通の現象である。

WME系の配信では配信内容のリアクションを得られるまで30秒~1分程度かかる為に、配信中に何か面白い事が起こってもそれに対するレスが得られるまで1分程度間をもたせる必要があった。配信によっては面白い事が起こったにもかかわらず全くレスが付かないという事もままあり、その為レスが付く事を期待して1分程度待つものの何もレスが付かずテンポが悪くなりさらにレスがつきにくくなるという悪循環に陥る事もあった。当然配信者のモチベーションはかなり下がってしまいなおレスは付きにくくなる。
この点ニコ生の場合反応のあるなしが10秒程度で分かる上、ブラウザを更新せずともコメントが書き込まれた瞬間に表示されるのでテンポを損なわずに進行できる上、付かないレスを求めてブラウザの更新を繰り返さなくて良いという利点があった。

skype4.1から画面共有機能が実装され、個人間であればエミュレータでのゲームプレイやキャプチャ画面を一緒に見ることが出来るようになった。身内でゲーム配信をして楽しむ人もいたろうと思う。

この時期FCやSFCのゲーム配信ではエミュレータではないか?と疑うレスが付きスレが荒れることがしばしばあった。しかし、これは新作を配信する事に対する様なゲーム配信に対する批判ではなく、違法にROMファイルをDLしているのではないか?という主張で実機でプレイしている事を証明する様要求するものだった。
この種類の荒らしは2015年にレトロフリークが発売され多くの人が手軽にレトロゲームを問題なくプレイする事が出来るようになるまでしばしば現れた。
(どうでもいいネタだがこのあたりの話がHELLSING改変ネタに一部盛り込まれている)

ニコニコ生放送の影響で配信向けのソフトが多数作り出され始めた。
そのうちニコ生の環境に依存しないものが二次裏系の配信界隈でも使われ始める。レス読みに棒読みちゃんが使われ始めたのもおおよそこの時期だと思われる。

比較的安定した時期で継続的に様々なゲームが配信されていた。
若干鏡支援が受けられにくい事もあったがそれ以上に支援者がいたためあまり困る事はなかった。


ニコニコ大百科 ゲーム実況
https://dic.nicovideo.jp/a/%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0%E5%AE%9F%E6%B3%81


ししょうのブロマガ
ゲーム実況というジャンルについて(歴史など)
https://ch.nicovideo.jp/sisyou/blomaga/ar68139


ニコニコでのゲーム実況の歴史についてはこちらを参考にさせて頂きました。







2011年春頃
二次裏にて一個人による大規模な回線提供が始まる
以後鏡支援出来る人がどんどん減少していく

2011年4月
YouTube Liveが始まる

2011年6月
Twitchが始まる

2012年9月
OBSがリリースされる

2013年4月
Wii U版バーチャルコンソールサービス開始

2013年頃?
一個人による大規模な回線提供が終わる
鏡支援出来る人はいなくなっており人が集まっても席が確保出来なくなる


2014年頃?
mayで模型配信が流行る(当時ストリーミングでは一番との話?)
配信雑談スレで模型配信の話題が多数を占める
模型配信と一部の配信以外ではスレが伸びなくなる

2014年2月
PS4が発売されシェア機能で誰でも手軽にゲーム配信が出来るようになる

2014年4月
WindowsXPのサポートが終了
WME、KTEでの配信はWin7でしか出来なくなる



2011年春頃mayで大きな出来事が起こる。
ある一個人が席数にして数千席という単位の鏡を、ブラウザからアクセス出来る状態で常時開放するという事を始めた。これにより回線速度が出ない、ポート開放が出来ないなど、鏡支援がなければ成立しなかった配信者でも安心して配信出来る様になった。
しかし、ブラウザから誰でも利用出来た為に二次裏外部から使われる事もあった。

これの最も大きな影響はそれまで配信者を支援していた鏡さんが要らなくなった点にある。
WMEやKTEを用いたゲーム配信において何十、何百という席を確保する為には何人もの鏡さんによる支援が必要で、そのためにはポート開放の問題をクリアしかつ高速回線を持っている必要があった。
これは配信者予備軍といえる存在で、配信を行う為にはそれなりのスペックのPCと技術が必要だったが一番の壁となるポート開放の問題がクリア出来ている為にやろうと思えばその日のうちに配信が始められる環境が整っていると言える。
このステップを踏んで配信を始めるという人が2006年からこの時期には数多くいたのだが、この超大型鏡様の台頭により断絶が生まれる事となる。
この後徐々にmayでは鏡支援をする人がいなくなり、席数が足りなくてもこの超大型鏡様を借りればいいじゃないか、という流れになるようになった。

ところが2013年頃突如この超大型鏡様がいなくなる。
多くの配信で席数不足が起こるも、鏡支援出来る人自体がかなり少なくなっており見たい人すら見れない状況が頻繁に起こる。
過去この様な場合は新しく鏡支援を始める人が現れたが、この頃にはわざわざ二次裏でゲーム配信を見なくとも他の選択肢が山ほどある状況だったためゲーム配信自体が過疎り始めた。

この時期に流行り始めたのが模型配信と一部配信者の勢力である。
一説によるとこの時期のmayの模型配信はインターネット上での模型関係のストリーミング配信では最も大きなコミュニティだったと言われる。配信雑談スレは実質的に模型配信雑談スレとなっている事も多かった。
もうひとつの勢力は長期的に定期配信を続けた配信者による勢力で、数百という単位のレスが付くのは模型配信かこちらか、という状況だった。
その他のゲーム配信は視聴者が来ずレスも付かず、という事が常態化し配信中に愚痴を言う者も珍しくなくなった。

模型配信はUstreamを使う事で席数を確保し、一部配信者勢力は相互の結びつきが強かった為に身内に鏡支援するという形で席数を確保した。

その後PS4の発売で配信がより広く一般に行われるようになり、同時期XPのサポートが終了した事によりWindows8以降のPCではWME、KTEが動作しない為にWMEを使った配信は廃れていった。
2020年1月にはWindows7のサポートも終了する為、この時期にWME系の配信はほぼ消滅するものと思われる。





2015年頃?
mayの配信の主流がYouTube Liveなどに移行していく
これにより席の確保の問題はなくなるものの既に過疎状態
スプラトゥーンなど個別のスレで独自に配信が行われる様になる

2015年7月
Windows10リリース
Win7から乗り換えた配信者がWMEやKTEが動かず配信できないといった事が起こる

2015年10月
レトロフリーク発売
レトロゲーム配信でエミュではないかというレスが無くなる

2016年頃
mayではこの頃には多くの配信でレスがほとんどつかなくなる

2016年11月
ニコニコ生放送の放送時間延長が無料になる
ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータが発売される

2016年12月
RTA in Japanが開催されTwtichで配信される

2017年9月頃
imgでTwitchによるダクソ3、Bloodbone配信が流行る


2018年9月
ファミリーコンピュータ Nintendo Switch Onlineサービス開始

2018年
mayでFF15の配信が流行り2000レスを頻繁に叩き出す




WME系の配信は回線速度の問題とソフトウェアの不便さ、更にWindows8以降では動作しない事も手伝って配信の主流がOBS等を用いたYouTube LiveやTwitchでの配信に移行していく。
YouTubeやTwitchでの配信はURLを1クリックするだけで配信が見られた一方、WME系の配信は再生プレイヤーを立ち上げコピーしたURLを入力しなければならず、この一手間を嫌ってWME系の配信スレはすぐ閉じてしまうという話も聞くようになる。

マシンスペックの向上、光回線が一般的になった事、ポートの開放が必要なくなった事で配信自体が何ら難しいことではなくなり注目されなくなると共に個別のスレで配信が行われるなど新たな動きも起こった。

レトロフリークの発売により手軽にレトロゲーム配信が行われるようになり、これ以後レトロゲームの配信に対してエミュレータの違法性を指摘するレスは一切見なくなる。
また、5年ぐらいかけて徐々にニコニコの話題がmayでされるようになりURLが貼られる事も珍しくなくなる。


近年のゲーム配信の動きは詳しくなくこれ以上は明記出来ず。








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大きな流れを見てみると




2004年12月
PeerCastで個人のゲーム配信が生まれる



2005年
なんでも実況でゲーム配信が流行る



2006年
junでゲーム配信が流行る



2007年
二次裏派生の個人サーバーでゲーム配信が流行る



2008年頃
mayでゲーム配信が流行る



2008年12月末
ニコニコ生放送(ユーザー生放送)が始まる



2011年
一個人による超大型鏡様の登場
YouTube Live、Twitchが始まる



2013年
超大型鏡様が消える(鏡支援が得られなくなる)



2014年
ゲーム配信衰退、模型配信が流行る



2015年以後
配信の主流がYouTube Live, Twitchに移行



……





という感じだろうか。
配信がありふれたものになってからだいぶ経つが、初期の頃をよく知る人は少ないだろうから今回文章に起こせてよかったと思う。
ありがたい事に他のコミュニティの歴史をまとめている方もいて、そちらと併せて読めば全体像が把握出来るかと思う。








***************************************************************









おまけ


■「実況」の意味の違い

二次裏では初期の頃はゲーム配信の事は「ゲーム実況」と言った。
「実況」という言葉は実はネット上の方言で、コミュニティによって意味が異なった。


PeerCastなん実方面では「掲示板にレスする」事を「実況する」と言った。
 ex."面白くない配信は古参でも実況されないのは当たり前だろ"
参考URL:https://www20.atwiki.jp/listenerspecajp/pages/67.html
今からPeercastでゲーム実況配信Wiki 用語集 > 実況



二次裏方面では「配信する」事を「実況する」と言った。
 ex."本日午後6時から実況を始める予定でしたが本日は実況不可能となってしまいました"



ニコニコ方面では「マイクで喋る」事を「実況する」と言った。
ex."ゲームそのものを見たい人にとって実況は邪魔になりかねない"




■配信者と視聴者のコミュニケーションのとり方の違い

PeerCastなん実方面ではスレがそのまま長く残るので、1つのスレで複数の配信のレスをごちゃまぜに書いていた。もちろんどれが誰の配信へのレスなのか分かりにくい問題はあった模様。
画像のやりとりは外部のuploaderが使われた。


二次裏方面ではスレは数時間で消えるので配信者がスレを立て、消滅の時間に合わせて新スレに移行した。配信者がスレを立てるまで連絡を取る手段が存在しない事は珍しくなかった。
画像掲示板なので画像はレスの左に添える事が出来る。


ニコ生方面では配信の上にコメントが流れるのでコメント取得ツールが進化した。延長が無料になるまで30分毎に枠取り作業をしなければならず視聴者も移行操作をしなくてはいけなかった。
配信中に画像をやり取りする事はほとんど行われない。




■回線確保の違い

PeerCastなん実方面では全員が配信をリレーする為ポート開放が出来ない者は忌避された。回線速度が遅くとも原理的には1席リレー出来るならば全員が見れる理屈である。上流が切断するとリレーを再構築するまでバッファし見れなかった。


二次裏方面ではkagami.exeを用いて回線を提供する鏡様方によって配信は長く支えられていた。席が一杯になった場合視聴者はスレにビジーである旨を書いて新たな鏡様の到着を待つしかなかった。


ニコ生方面では視聴者が配信を見れないという問題は一切発生しない。ただしメンテナンスの時間は配信が出来ない。




■匿名性の違い

PeerCastなん実方面では配信者がHNを名乗る事は普通で、何か面白い事件が起こればwikiに情報が追加されていった。


二次裏方面では配信者がHNを名乗ったり個性を主張する事はあまり良く思われなかった。wikiに配信者の情報をまとめるなどはもってのほかであった。


ニコ生方面ではそもそも全員にHNがあり、視聴者は匿名コメントにするかユーザー情報を公開した状態にするか選ぶことが出来る。またコメントにコテハンを付けることも出来る。面白い事が起これば配信者のニコニコ大百科に情報が追加される事となる。




■配信の見つけ方と録画の違い

PeerCastなん実方面にはイエローページというものが存在する。複数の配信を一覧にして並べたテレビ欄の様なもので、新しくイエローページの稼働が開始したり諸事情で停止したりした。
PeCaRecorderという自動録画ツールがあり、配信を始めたタイミングで自動的に接続しローカルに保存する事が出来た。しかしこのツールは「配信は生もの」という考えに真っ向からぶつかるものであり忌避されてもいた。


二次裏方面では派生の避難所ではイエローページの様なものが作られていたが、その他の鯖には配信を探すための仕組みは一切なく視聴者が配信スレを自力で見つけるしかない。これは二次裏の配信だけにとどまらない一期一会の文化が深く関係しているだろう。
その影響もあってか録画ツールはほとんど使われていなかった。そもそもPeerCast方面とは交流が無かった為に録画ツールの存在を知る者自体が少なく、知っていても話題に上がることすらごく稀だった。また、録画ツールを知る者はPeerCast方面でのあれこれを知る者でもある為、公にしたがらなかったのだと思われる。


ニコ生方面ではイエローページに相当する生放送一覧から探すほか検索も出来る。また、ニコ生アラートという通知アプリが存在し放送が開始した事をpush通知で察知出来る。またブラウザ上でフォローしているコミュニティが生放送中かも簡単に確認できる。
2009年12月末からは過去一週間まで遡って配信を見ることが出来るタイムシフト機能が実装され配信者が使用するかしないかを選ぶことが出来る様になった。










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