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松明ブログ
SPiCaの歌詞に込められた意味
2015-08-26-Wed  CATEGORY: ゲームとオタク文化
聞いていたらなんだか歌詞の意味を考えたくなったのですが、考察を載せているサイトがほとんど見つからないのでついでに書くことに。

当然ですがこのエントリに出てくる解釈はあくまで一つの解釈なので、正解とか正しい一つの答えに辿り着くような意図はあんまりないので念の為。
どちらかと言うと素敵な解釈に辿り着くのが目的だったり。









SPiCa
作詞 : kentax vs とく
作編曲・動画 : とく





SPiCa
作詞 : kentax vs とく
作編曲・動画 : とく

君と眺めてた
星を集めた窓に
映してた

また 指折り数えた
瞬間(とき)を重ねた夜に
問いかけた
時を止めた

すきだよと言えば はぐらかした
気がつかないフリは
もうやめて><

隣にいるとき
私の軌道はいつも
周極星

トレモロみたいに
波打つ思考の角度
つかめない 君を追えば

なにかを失ってしまいそうな
想い浮かべ 船を出す

抱きしめて 出会わなければ個々
受け止めて デネボラを 飛び越え行くわ
ワガママな歳差 星(君)のようだね
追いかけて うかぶパノラマ
五線の上で 流れ星
いま歌うから 照らしてよねスピカ

笑っていたいよ ひとりはイヤだよ
答えが聞きたい 怖くて聞けない

夜をいくつも過ごして
未来へ繋ぐの

またたく星をよけ 探してた
神話は 誰の味方なの

ため息で 落ち込んでいた午後
想うだけ 君の名を一人つぶやくわ
あさはかな愛じゃ 届かないよね
会いたくて ピアノ奏でた 音
苦しくて 溢れ出す
余韻嫋々 君に届け

抱きしめて 出会わなければ個々
受け止めて デネボラを 飛び越え行くわ
ワガママな歳差 星(君)のようだね
追いかけて うかぶパノラマ
五線の上で 流れ星
いま歌うから 照らしてよねスピカ










聞いての通り恋の歌ですね。
主語は確かに「私」なのですが、主観となっている人が男性なのか女性なのか?という目線で見ると、女の子の恋の歌であると受け取れる部分がなさそうに見えます。しかしながら、スピカをタイトルに据えているので女性の恋の歌と考えられます。
あちこちに天文用語が出てくるのがポイントとなりそうですが、恒星であるスピカは、うしかい座のアークトゥルスと対になって夫婦星と呼ばれるそうです。

アークトゥルスが男性で、スピカが女性。
従って主観となっているのは女性と考えて良いと思います。


タイトルのSPiCaですが、母音が小文字となっている理由はわかりませんが、天文用語が散りばめられた星についての唄ですから、当然恒星のスピカでしょう。
スピカは主星と伴星がお互いの周りを回っている(注目している星々の重心が恒星の外にある)のが特徴の連星という種類の恒星です。

さらにデネボラという星の名前が出てきますが、アークトゥルス、スピカ、デネボラの3つで春の大三角と呼ばれるきれいな正三角形を形作ります。
恋の歌に三角形と来ればどうしても三角関係を連想させます。


なお、PVは詩の内容とは関係がないと思われるので触れません。




また 指折り数えた
瞬間(とき)を重ねた夜に
問いかけた
時を止めた


直後に「気がつかないフリはもうやめて」とあるので
「いくつも記憶に残る思い出に残る夜」に対して恋人未満の曖昧な関係で良いのかと自問したら落ち着いてはいられなくなった、もしくは
「いくつも記憶に残る思い出を数えて夜更かしをした夜」に同上、のどちらかでしょう。

前者なら天体観測をしていたかもしれませんし、後者ならひょっとしたら恋人と眺めていた窓から星を眺めていたのかもしれません。



隣にいるとき
私の軌道はいつも
周極星


来ました。周極星とは天球の極点周辺の星の事ですが、周極星という表現をしていますから
「恋人の周りを近い距離を保ったまま回り続けている」
というぐらいの意味で、これは心の距離の事でしょう。
付け加えれば、昼も夜もなく想い続けている、という意味も込められているかもしれません。



トレモロみたいに
波打つ思考の角度
つかめない 君を追えば

なにかを失ってしまいそうな
想い浮かべ 船を出す


好きな人の一挙一動に喜んではすぐ凹んでの繰り返しなので「トレモロみたい」なのでしょうね。
唐突に船を出すという言葉が出てきますがこれは前の「波打つ」から来た表現ではないでしょうか。勇気を出して行動する決意をする、何かしらの想像を羽ばたかせる、といった意味だと思います。
そういう訳でこの後の部分が恋人に対しての思いが綴られたものだと分かります。



抱きしめて 出会わなければ個々
受け止めて デネボラを 飛び越え行くわ
ワガママな歳差 星(君)のようだね
追いかけて うかぶパノラマ
五線の上で 流れ星
いま歌うから 照らしてよねスピカ


「個々」が孤立していますが、出会うことがなければ対ではなかったという意味でしょうか。
スピカが連星、すなわち「対」ですから、2つの星が出会ったことで個と個が対の星に……という意味かもしれません。

デネボラとは夫婦星のアークトゥルス、スピカと合わせて春の大三角を成す星です。
春といえば出会いと別れの季節ですから、4月~5月なら出会ったばかりの微妙な関係を歌っているかもしれませんし、3月なら別れが近くて焦っている気持ちを歌っているかもしれません。
夫婦星と第三の星が関係する三角形なので、何かしらの障害を抱えた恋愛か、あるいは単純に三角関係と見て良いかもしれません。
更に、春の大曲線というものがあり、北斗七星の柄杓から伸ばした曲線が順にアークトゥルス、スピカ、そして「からす座」に至るというものがあります。
星だから天に「飛び越え」なのかもしれませんが、鳥であれば「飛び越え」という表現はしっくりきます。デネボラ(何かしらの障害)を飛び越えて、あるいは恋敵よりも早く行くという決意ではないでしょうか。
主観がスピカ、恋のライバルがデネボラであれば、想う人はアークトゥルスという構図が出来ます。つまり春の大三角になぞらえて自分の恋の成就をスピカに祈っている、という事です。

そして「ワガママな歳差」なのですが……
サビの一番盛り上がる部分で意味不明なこの歌詞。しかも直後に一呼吸置いて強調するのでどうしても意味を考えさせられます。しかも「わがままなさいさ」なんて言われてもぱっと意味がわかりません。歳差運動を知っていてもよくわかりません。
ここを考えたくて調べ始めました(笑)

歳差運動とは、コマを回した時の軸がゆっくり回る運動のこと。
天文では地球の歳差運動による星の位置が見かけ上ズレることです。
この話を考えたなら、表面上想う人への態度を変えてしまうこと、でしょう。けれどもそれはあくまで「見た目上」のことなので実際には変わっていません。
つまり本当は好きだけど、ついそれを素直に出せない。だからこそ「ワガママな」なのでしょうね。実際に言う言葉や態度と本心が違うということが「(歳差によって)見かけが変わるのは星(君)のよう」だということかもしれません。

ということはこの歌詞は
「星のようだね」と
「君のようだね」が
重ねてあるのかもしれません。
というのは、「星のようだね」と書いて「きみのようだね」と歌ってはいけないのです。
「ワガママな歳差 星のようだね(自分の話)」と
「ワガママな歳差 君のようだね(想人の話)」が
同時に歌われているかもしれない。
この場合の歳差は「見かけ上の変化」です。

五線の上でとは五線譜のことでしょうから、流れ星と併せて「歌う時だけ一時輝く」ということでしょう。



神話は 誰の味方なの

余談ですが、星にまつわる神話は大抵何か悲しい出来事があって神様が星座として天に上げてくれたか、悪いことをしたので罰として天に吊るして見せしめにした話というイメージがあります。




そんな訳で個人的に一番気になっていた部分の意味が自分内ですっきりしました。

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コメント | | 2018-02-13-Tue 02:57 [EDIT]
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Re: タイトルなし
コメント松明(たいまつ) | URL | 2018-08-09-Thu 11:06 [EDIT]
しっくり来る解説だったようでなによりです。
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